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今年の知床クマ事情②

一層縮まる人とクマの距離

 前編で今年の出没傾向やクマの様子がいつもと違ったこと、夏場の餌事情が厳しかったことがその原因の一つだった可能性を紹介した。例年に比べて突出して多い目撃数は、今年の特別な状況に起因していると考えられるが、一方で今年に限らず、目撃数自体が年々増加傾向にあることは確かで、その背景に人を気にしないクマの存在がある。全てのクマが人を気にしなくなったわけではないが、確実に増加している。

 人側のクマに対する反応が変わりつつある。人もクマを恐れなくなった気がする。特に国立公園内では、道路際にクマがいると、たちまち車の渋滞が発生し、車外に出てカメラを構える人々にクマは囲まれる。知床財団では過度の人慣れを防ぐために追い払いを行っているが、それはクマにとって人との出会いのほんの一部でしかなく、追い払いによる学習付けには限界がある。

  人に対して寛容であることは、突発的な人との出会いといった通常なら危険な状況でも、威嚇防御さらには攻撃といった行動への閾値が高くなり、結果的に事故へつながる確率は低下する。しかし一方でその寛容さが人とクマの距離を縮めることで、人の生活圏への接近や侵入を助長する。さらにクマに対する人側の問題行動(例えば、接近、餌付け、挑発など)にクマが接する機会を増やすことにもなる。結果的に人にとって悪いクマ、つまり人の所有物を奪ったり、破壊したり、人や家畜、ペットを傷つけたりするようなクマに変える確率は逆に上昇する。前者は良いとしても、後者はクマにとっても人にとっても悲劇的な結末を生む。
 今年国立公園内では観光客によるクマへの餌やり行為や、道路際で投棄されたゴミをあさるクマが目撃されたり、旅館のゴミ箱がクマに荒らされるといった事件が発生した。直接的に餌をクマに与えるなどもってのほかだが、これまでクマが徘徊するなど想定していない人の生活圏には、生ゴミや食品加工の廃棄物、干した魚に農作物と、クマにとって魅力的な食べ物がたくさんある。知床の場合、国立公園のすぐ外側には地域住民の生活圏がある。特に漁業の盛んな羅臼側は海岸線に漁家が連なる。そこにクマが入り込めば、容易く手に入れることができる。「人の存在するところに食べ物あり」といった人の存在と食べ物の関連性を学習してしまったクマは食べ物に関して驚くほど執着的で決してあきらめない。ひとたび許せば、その行動はエスカレートし、危険なクマとなるため、人為的な食物、それが容易く手に入る人の生活圏とクマの接点を断つ、つまり距離を保つ、近づけないことが肝要なのだ。しかしクマが人や人の生活圏を意識的に避けてくれなければ、それがとても難しくなる。

 今年もゴミや干し魚などを保管した車庫や倉庫、容器などへの侵入、破壊などが相次ぎ、港に停泊中の漁船へ乗り込み漁の餌を奪うといった事件も発生した。人身被害こそなかったが、羅臼側では飼い犬がクマに連れ去られるといったこともあった。知床では人の生活圏と接してクマの生活圏があり、一部重なりあう。人側が国立公園内や非居住地では許容できるクマの行為も、人の生活圏では許容できないことも多々あり、境界付近では緊張関係が常にある。

 知床財団では、人のクマ、互いの生活圏の境界線を明確化し、越境を防ぐために、見通しの悪い雑草地の刈払いや、電気牧柵の設置など、クマにとっての物理的、精神的な壁を境界に作る努力をしてきた。しかし、道路や河川、海など「開口部分」がどうしても生じるため、越境を完全に阻止することはできない。
 クマ側のエリアでは追い払い主体の対応を行うが、越境して人の生活圏に入ってきたクマに対しては、駆除という手段の選択も必要になる。ゴミなど人為的な食べ物に餌付いてしまっていて侵入を繰り返すクマや、クマ側のエリアへ追いもどすことが難しいケースなどがこれにあたる。しかし、住宅脇での実施は危険も伴う上、その機会も限られる。少ないチャンスに安全かつ確実に目的を達成するには高度な技術を必要とし、実際は決して簡単なことではない。都市部に比べるとまだまだ担い手がいる知床でも、常に万全の体制とは言えない。
 人の生活圏に侵入したクマをどうするか、その処遇について人側の意見も千差万別だ。今年もクマの出た現場に居合わせた人の間で「殺せ、殺すな」の押し問答になることがあった。この点はヒグマ対策に携わる我々の中でも、毎回状況が少しずつ異なる中で、正直迷いや、意見の相違が生じることもある。

 そこでずっと暮らす地元住民にとっては長年行ってきたこと、例えば漁村では定番の情景でもある地場魚の一夜干しがクマの出没で行えないとなると、すんなり納得できるものではない。クマのために手間をかけ、一番負担を強いられるのは、結局そこで生活する地元住民となる。
 しかしそれを承知した上で、とても心苦しいが、あえてその手間を可能な範囲でお願いしたい。もちろん、限られた人の負担ばかりが重くならないようできる限りの工夫をしたい。その上で人の生活圏内にクマが引きつけられる原因となるものは可能な限り少なくして、クマが境界を超えて侵入する理由をなくしたい。人もクマもどんどん変わっていく中で、人側の努力で両者の関係が少しでも改善されるならば、挑戦してみたい。2000件を超える目撃数に、対応スタッフも疲弊し心折れそうになる今シーズンだったが、あえてもう一度我々にできることを丹念に洗い出し、来シーズンにむけて実行していきたい。
(事務局長 増田)

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