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今年の知床クマ事情①

『ちょっといつもと違った今年のクマ事情』
■出没ピークが1カ月遅れた今年

 知床と言えばヒグマがたくさん暮らすところというイメージをもたれる方も多いと思うが、確かに知床半島(斜里町・羅臼町)におけるヒグマの目撃数は、他地域と比較しても格段に多く、クマの出没に対して住民も比較的冷静である。だが、今年はあまりにも多かった。またただ単に出没が多いだけでなく、その傾向や出没するクマの様子も少しいつもと違った。
 まず目撃数だが、斜里町は昨年のほぼ2倍(1,695件10月末現在)、羅臼町は1.5倍(386件、10月末現在)で、両町合わせると既に2,000件を超えている。また例年だと7月がもっとも目撃情報が多く、8月に入った途端に沈静化する一山タイプか、9月以降秋にまた若干多くなるという二山パターンが普通だが、今年は一山だが、ピークが1カ月遅れた形となり、8月に入っても落ち着くことなく、むしろ大幅に増加した。
 最近は人の存在を気にしないクマの増加で目撃数全体が増加傾向にあるが、それだけでは今年の状況は説明しきれない。別の理由も重なったと考えるほうが自然だ。

■痩せたクマ、自然死の発生

 出没するクマの様子も例年とは違った。7月以降、カムイワッカ、知床五湖、岩尾別川などで痩せ細った1歳グマをしばし ば見かけた。知床では1歳(生まれて2回目の夏)で親から独立する場合が多いが、0歳(生まれて初めての夏)は普通母グマと共に過ごす。ところが今年は母 グマとはぐれた?痩せ細った0歳子グマも複数確認された。
 8月には斜里町側の半島海岸部で撮影された激痩せグマの写真が話題となった。撮影された クマ以外にも同様に痩せ細ったクマが目撃された。中には海岸で衰弱して動けなくなったまさに「行き倒れ」状態のクマも見られた。もちろん知床の全てのクマ が一様に痩せ細っていたわけではないが、一部であれ、今まで見たことがないほど痩せ細ったクマが目撃された。
 さらに7月中旬~9月上旬には自然死した死体が半島部で複数(斜里側4件、羅臼側2件)見つかった。2カ月ほどの間に自然死した死体が6体も見つかった年は記憶にない。これらの死因は特定できないが、状況からおそらく餓死と推測される。
 激痩せや餓死したクマはメスの成獣や1歳の子グマに目立った。オスに比べ移動能力が低く、定着性の強いメスや独立直後の子グマが犠牲になったのではないか。 0歳の自然死は確認されなかったが、単独で徘徊する痩せた0歳子グマが半島両側で複数確認されていたことから、人の目に触れなかっただけで実際は0歳も死んでいた可能性が高い。

 斜里側の半島基部ではこのような現象は特に認められなかった。例年と比べ、半島基部の農地で目撃が多かったり、特 段農作物被害が急増したわけではなかった。羅臼側の半島基部標津町では、目撃数は羅臼斜里同様に今年8月にピークがあったそうだが、痩せたクマが多いとい うわけではなかったと聞いている。半島の先と付け根ではどうも少し状況が異なったようだ。

■クマにとって厳しかった今年の8月

 かつてクマにとって厳しい季節は冬眠明け直後、つまり春だった。芽吹き始めた草本が主な餌だったが、それらの生育は春先の天候に大きく左右された。ところが今ではエゾシカが急増したことで、この季節、越冬明けの衰弱したシカを比較的容易に手にいれることができる。 
 一方で初夏から夏にかけて、かつてはふんだんにあった草本類はシカの影響で著しく衰退し、アリやセミ、海辺の貝などの小動物、広葉樹の若葉など限られた食物しか手に入らなくなった。林内の下草は消失するか、シカが好まない数種の植物に占有されるようになった。自然草原や河畔でも状況は同じだ。子ジカの出産期には一時的に子ジカを捕食することができるが、子ジカが成長し、簡単に捕捉できなくなると、一気に厳しい状況となる。つまり春先はシカのおかげで良質なたんぱく質を手に入れることができるようになった一方で、6月上旬のシカの出産期が過ぎ、子ジカも成長し簡単に捕捉することが難しくなる7月以降、一転して餌が不足気味となる。
 このような事情から、この時期、独立直後の若グマなどは農地に出没して農作物に依存するケースも多い。また最近では海鳥の巣を襲ってヒナや卵を利用したり、定置網に絡んだ雑魚など探し歩いたり、新たな餌資源の獲得に乗り出すクマも目につく。
 とはいうものの、例年だと半島部では7月を乗り切れば、8月に入ると河川にはカラフトマスが遡上し、高山帯ではハイマツの球果などが結実しはじめ、初夏の一時的な餌不足状態は解消に向かう。知床半島のクマは海岸から高山まで変化に富んだ環境の中で多様な餌メニューから選が択可能なため、例年は何かが不作で手に入らなくても他のもので補完可能で、餓死に至るような深刻な事態になることは稀である。
 ところが今年はその稀な夏となった。原因としてカラフトマスの遡上が8月末まで遅れたこと、ハイマツ等高山帯の実りも悪かったことなどが重なり、餌不足状態が8月に入っても解消せず、結果的には月末まで継続し、厳しい状況に追い込まれたと考えられた。アリや海浜の小動物、僅かな草本を求めて海岸や道路沿いを徘徊し、結果的に目撃数、対応件数が8月多くなったのではないかと推測された。
 半島基部と比較して、エゾシカによる植生衰退が顕著で、かつクマが自由にカラフトマスを採食できる河川が多い半島部で深刻であったことも、説明がつくのではないだろうか?
 幸いにも9月には例年に比べると少数だがカラフトマスの遡上も始まり、ミズナラのドングリなど秋の実りも順調であったため、状況は急速に改善した。しかしながら、乗り切れず命を落としたクマも少なからずいたに違いない。特に子グマの死亡率は例年に比べて高かったはずであるし、メス成獣の繁殖成功にも影響が出るはずだ。今夏の影響がどのような形で出るのか、来シーズンは注意深く見守る必要がある。またこのような推理仮説が本当に正しいのかどうか、今夏、例年の夏と餌事情に違いがあったのか食履歴の比較といった科学的な検証も必要になって来るだろう。また高山帯の実りなどについては、登山者等の伝聞による情報などに基づく部分が多い。もう少し客観的に把握する必要があると今回特に感じた。

(事務局長 増田)

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