知床Express

森づくりの現場から~しれとこ100平方メートル運動の40年~

 2017年、「しれとこ100平方メートル運動」は、40年の節目を迎えました。1977年、「しれとこで夢を買いませんか!」の呼び掛けとともに始まった知床の自然を守るこの運動は、多くの方々に支えられ今も続いています。今回は、この100平方メートル運動の歩み、そしてその現場を担う私たち知床財団の活動をお伝えします。

100平方メートル運動って何?

 斜里町主催のナショナル・トラスト運動。1977年、知床の開拓跡地を乱開発から守るため、一口8000円の寄付を全国に呼び掛けました。その後、20年間で4万9千件、約5億2千万円の寄付が寄せられ開拓跡地の買い取りが完了したのです。その対象地(約860ヘクタール)は、100平方メートル運動地(以下、運動地)として永久に保全することを条例に定めています。
 1997年、運動の第2ステージ「100平方メートル運動の森・トラスト」として、買い取った土地にかつてあった森と生き物の営みを再生する取り組みを始め、今も続いています。

開拓から運動へ~しれとこ100平方メートル運動~

 知床の幌別・岩尾別地区では、大正から戦後にかけて開拓が進められ、多くの人々が畑作や酪農を営む生活を送っていました。しかし、1960年代に入ると開拓政策や社会情勢の変化とともに人々は次々とこの地を離れ、人のいない土地だけが残りました。同じ頃、当時日本各地でブームとなっていたリゾート開発や土地投機の波は知床にも押し寄せ、開拓跡地も乱開発の危機にさらされ始めたのです。
 その開発の危機から知床の土地を守ろうと、当時の斜里町長が声を上げて始まったのが「しれとこ100平方メートル運動」です。1977年にスタートした100平方メートル運動は、その後多くの方々の支援を受け運動開始から20年間で開拓跡地の買い取りをほぼ完了し、知床の土地を乱開発から守るというひとつの目的を達成したのです。

「守る」から「育てる」へ~100平方メートル運動の森・トラスト~

 1997年、100平方メートル運動は、新たな展開「100平方メートル運動の森・トラスト」へとその歩みを進めました。それは、開拓跡地にかつてあった自然を再生する取り組みです。運動開始当時から、買い取った土地にはシラカンバやアカエゾマツなどの植林を続けてきましたが、新たな運動では、知床にもともとある多様で豊かな生態系を取り戻す方向へと本格的に舵を切ったのです。
 「森林再生」「生物相復元」「運動地公開・交流事業」を3本の柱に掲げ、新たな歩みを進める中では、高密度に生息するエゾシカの存在やダムなどの工作物がある河川環境など、多くの課題にも直面していました。一方、途中には知床の世界自然遺産登録という大きな節目もありました。
 ここからは、試行錯誤を繰り返しながらも数百年先の未来を目指し歩んできた運動後半の20年間を振り返ります。

 

土地の買い取り完了から20年、進めてきたこと

森林再生

 新しい運動の大きな柱のひとつが森林再生、いわゆる「森づくり」です。しかし、この20年間はエゾシカとの戦いといっても過言ではありませんでした。シカの樹皮食いを防ぐネットを約800本の木々に巻き付け、設置した防鹿柵は大小20基にもなります。ボランティアの方々の協力を得て植えた柵の中の苗木は着実にその背を伸ばし、5年、10年という歳月を経た現在では、見た目にもその成果が見て取れます。
 一方、2005年の世界自然遺産登録以降、運動地を含む知床各地では、植生回復を目的としたシカの数を減らす取り組みが進められてきました。その結果、柵に囲まれていない場所でも小さな木々や草花を目にすることも多くなり、課題のひとつであったシカの影響が徐々に減り始めている様子が見て取れるようになったのです。
 本格的な森づくり開始から20年、ようやくネットや柵に頼らない本当の森づくりのスタートラインが見えてきました。

 

生物相復元

 運動の中では、生き物の営みを再生する取り組みも進めています。その最初の試みが、運動地を流れる川にかつて生息していたサクラマスを復元することです。1999年から現在まで、一時の中断期間をはさみ、対象河川の岩尾別川に年1回卵の放流を継続してきました。その間に、岩尾別川ではダムの改修が進み、河川全体の環境の改善が見られるようになりました。その結果、サクラマス遡上状況調査では、回帰したサクラマスの数が2017年に初めて10尾を超えたことが確認されました。今後もまだまだ経過を観察する必要はありますが、十数年の年月を経て、それまで低調に推移してきた段階から一歩前進し、ようやくサクラマスの復元に一筋の光が見え始めてきたところです。
 海と森をつなぐ川は、そこに暮らす魚だけではなく、その魚をエサとするシマフクロウやオジロワシなど多くの生き物にとって重要な環境です。
 今後もサクラマスなどの魚を中心に川の環境と生き物の営みを再生する取り組みを進めていきます。

 

運動地公開・交流事業

 この知床の取り組みを「伝える」こと、それも運動開始当初から続けている大きな柱のひとつです。子どもたちを対象とした知床自然教室を毎年夏に開催しているほか、秋の植樹祭や森づくりワークキャンプ、そして知床自然センターを訪れる方々へのレクチャーなどを通じて、たくさんの人たちに運動そのものや活動について伝え続けてきました。
 また、開拓の歴史、運動の成果と現状をお伝えするため、2014年からは「しれとこ森づくりの道」と名付けた運動地を実際に歩く公開コースの開設と運営を行っています。
 100年200年先を見すえたこの運動は、人ひとりの一生では終わるものではありません。知床の自然と100平方メートル運動を次世代に引き継いでいくこと、それが私たちの役割です。

 

これから

 100平方メートル運動についてお話をする時、決まって「100年先」「200年先」といった言葉を口にしています。しかし、そう言ってはいるものの、自分自身も聞いてくださっている皆さんも、実際にその時を見届けるのは難しいでしょう。
 人にとっては長い時間も、森や自然にとってはおそらくわずかな時間でしかありません。例えば、防鹿柵の中あるいは最近では柵の外でも小さな木々が1年2年と育っているのを見ると、小さな時間が積み重なりそれが遠い未来につながっているのだ、と実感する時があります。一方で、昨日まであったはずの樹齢百年は優に超えているだろう大木が、強い風が吹いた後にその幹を横たえているのを目にすると、今見えているこの風景も実は瞬間的なものでしかないのだと感じることもあったりします。
 知床に開拓の鍬が入り100年、そして100平方メートル運動が始まり40年が過ぎた今、確実に人の歩みも進んでいます。私自身も小学生の時分に初めて知床自然教室に参加し30数年、その後森づくりに携わり始めて10数年が経ちました。その間に子どもも産まれ、自分や家族、そして森の変化を見ていると、もしかしたら100年ぐらいはそんなに長い時間ではないのかもしれないと、時間のとらえ方が少し変わり始めてもきています。
 人ひとりができることはわずかですが、世代を超えて関わり続けていくこと、それが人のできるいちばん大きな力なのかもしれません。今知床の森が守られ私たちがここにいるのも、この運動を立ち上げ続けてきた諸先輩方、そして何より運動を支えていただいた参加者やボランティアなど多くの方々がいたからこそだと感じています。これからも、ひとつひとつを積み重ね、人の輪を広げていく、そんな取り組みをこの知床で続けていくことが100年先、200年先の未来の森につながるはずだと思っています。

(執筆:自然復元係長 松林良太)