知床Express

ふるさと少年探険隊に参加して

ふるさと少年探険隊は、羅臼町の子ども会育成協議会と羅臼町教育委員会、羅臼町公民館が主催の夏の一大イベントだ。参加する子どもたちは、難所や危険も存在する知床半島の羅臼側海岸を「自分の力で」踏破し、そこで生活する。対象は町内在住の小学4年生から中学3年生。モイルス湾に滞在し、さまざまな野外活動を行う「わんぱく隊」と、経験を重ねた6年生以上が知床岬をめざす「チャレンジ隊」の2コースがある。35回目を迎える歴史があり、大人も子どもも「本気」の5泊6日。
 参加スタッフは今回34名。地元漁師、消防職員、大学生、看護師などさまざまなスタッフが全国から集まり、探険隊を支える。いわば、子どもの教育に取り組む公と民がタッグを組む形で実施されている。2014年からは、知床財団も毎年メンバーに加わっている。近年、深刻さを増すヒグマ対策が探険隊でも重要なキーになりつつあり、こうした分野での情報や技能が私たちに期待される役割のひとつだ。また、社会教育、地域教育との連携は、私たちの活動を進める上では必須のテーマだ。

 

探険隊指導の原則

【3つの大原則】
❶手は出すな、しかし目を離すな!
❷失敗大歓迎、しかし助言は積極的に!
❸環境づくりは綿密に、しかし時には(質問されるまで)待つ姿勢を!
【7つの指導原則】
❶やってみせ、言って聞かせて、やらせてみて、結果が悪くてもほめてやる
❷自由と規律の明確な分離
❸スタッフの対応、指導方針の統一(例外はない)
❹師弟同行の原則
❺率先垂範
❻安全の見張り
❼性役割分担の排除

秋葉のモクロミ

知床半島は斜里と羅臼のふたつでひとつ。しかし、ウトロで働く私は、羅臼の人も自然もほとんどを知らなかった。「羅臼のことを知りたい」これが一番の参加動機だ。
 私の仕事の上でも羅臼は避けて通れない存在になりつつあった。世界遺産の核心地域である知床半島先端部地区の自然、歴史、文化をどのように守り、活用していくかが大きなテーマとして注目されてきたからだ。しかし、ここでも保全と利用は対立構造になりがちだ。
 地域の自然をどのように守るか、あるいは活用するか。これを最終的に決めてその責任を負うのは、そこで暮らす人々であると私は考えている。だからこそ、羅臼の人たちの率直な考えが知りたかった。長く続く探険隊には、羅臼の町の人々が考え、伝えるべき先端部地区のあり方が反映されているのではないかと考えた。

秋葉のシゴト

1週間限定の子ども達の“村”

 私の役割は「施設整備係」。いわばキャンプ地の環境整備や設営だ。滞在人数が最大60人を超えるモイルスは、一時的に村と化す。この村の安全と住環境を守るのが、私の役割だ。まずは、村へのクマの侵入を防ぐ電気柵の設営。キャンプ地と番屋を電気柵で囲う作業が、最初の仕事だった。ゴロタ浜での設営は足場が悪く骨が折れる。もうひとつは、風呂づくり・風呂焚きだ。海岸を整地し石をどけて湯船をつくり、川から水を引く。専用の薪ボイラー(これは必見!)に接続し、ひたすら湯を沸かす。女子のための目隠しは、みんなで近くのイタドリを集め、壁を作った。湯加減の調整、水道の管理、薪割、番頭などをこなし、立派な風呂屋としての技術を手に入れることができた。

涙のエピソード

 モイルスからの帰路には、ひとつ問題があった。どうしても隊列から離れてしまうS君の問題だ。彼は昨年、帰路でリタイアしている。今回は自分の力でゴールしたいという強い意思があった。そこで帰路は、私とS君とがペアで行動することになった。彼には能力がある。ただ、遅れがちになることでやる気が下がってしまうのだ。そこで作戦を立てた。私たちが最初に出発し、ゆっくり休まず連続して行動する。これは、登山の技術を応用したものだ。そして、疲れを意識しないよう、安全地帯では歌を歌い、しりとりなどのゲームもした。難所の前では休憩し、緊張感の持続できる時間で一気に通過した。彼は見事に歩き切り、仲間全員とゴールした。私は涙した。彼自身の頑張りと、自分が少しだけ彼の役に立てた気がしたからである。

秋葉の学び

 モイルスは、理想的な「社会」だった。協力して働き、教え合い、食べ、歌って毎日を過ごす。この社会は小さく単純だが、それゆえに気づきにあふれていた。私はこの体験を通じて「人を育てること、教育の意味」を教えられた気がする。探険隊に参加していた時、私の妻のお腹には間もなく生まれてくる子どもがいた。私に子どもを育てることができるのか懐疑的であったが、この体験を通じてちょっとだけ自信がついた。少なくとも、教育とは一方通行の知識や技能の伝達ではない。むしろ相互に教えあい、成長するのが教育の意味ではないのか。教えたり伝えたりしたこと以上に、多くのことを私が子どもから学んだ。愛とはなにか、喜びとはなにか、伝えるとはなにか、これらを私に教えてくれたのは、羅臼の子どもたちである。最終日にS君と相泊にゴールした時、少しだけ父親になる資格を得たような気がした。

探険隊に参加して

 探険隊を通じて少しは羅臼のことを知れたのだろうか。かけがえのない仲間や尊敬すべき人たちと出会えたことは第一の収穫だ。探険隊は、覚悟をもったかっこいい大人たちに支えられている。地域とは人だ。人がいるから自然が輝き、意味を持つ。仲間との繋がりが続く限り、私は羅臼と関わることができる。知床財団も地域のイベントに参加することで、地域からより多くを学び地域からより信頼される団体へと成長していく。
 先端部の保全と利用のあり方についてもヒントがあった。羅臼の人たちは、自然やそこに暮らす生き物たちを保護の名のもとに囲い込み、不可触なものとはしない。むしろ、生活や営みのためにその資源を積極的に活用している。しかし、その利用・活用のしかたは、フェアで謙虚だ。自然の厳しさ、恐ろしさそのものを取り除いたり、支配したりすることはせず、ありのままを受入れ、それを人の知恵と覚悟で乗り越えていく術を伝える。これは、探険隊のプログラムそのものだ。30年を超える探険隊の歴史は、こうした考えを次世代に継承する役割を担っている。参加者だった子どもが大人になり、スタッフとして参加し続けていることは、その証拠だろう。探険隊が探険隊らしく継続できる人とフィールドがある限り、知床の先端部らしさが失われることはないだろう。

文‐ 秋葉圭太 公園事業係長