知床Express

川から旅立つ野生の稚魚を数える

サケマス稚魚降下数調査 in 岩尾別

 海と川をつなぐシロザケやカラフトマスは、知床の生態系の循環の中で重要な役割を果たしています。これまでも海から戻ってくる魚の数やその魚がどれくらい川で産卵しているかについては調査が進められてきました。しかし、その後、それらの卵はしっかりふ化しているのか、産まれた稚魚はどうなっているのかなど、実はまだ明らかにはなっていませんでした。

 そこで、2020年より知床国立公園内の岩尾別川において、いったい「いつ」「どれくらいの数」の野生のサケやマスの稚魚が川から海へと下っているかを知るための調査を行っています。

 

岩尾別川はどんな川?

しれとこ100平方メートル運動地

 岩尾別川は、知床連山を源とする長さ約10キロの渓流河川です。全ての流域は世界遺産地域に含まれ、下流側は「しれとこ100平方メートル運動地」の中を流れています。河口の岩尾別ふ化場では、1930年代よりサケとマスのふ化放流事業が行われており、岩尾別川は世界遺産になるずっと前からサケを主体とした漁業を支える「さけ・ます増殖河川」として重要な役割を果たしています。

シロザケの成魚

 生息する魚は、カラフトマスとシロザケの他、イワナの仲間であるオショロコマ、一度は姿を消したものの現在100平方メートル運動で復元を進めているサクラマスの4種類が確認されています。今回の調査は、100平方メートル運動で進めている岩尾別川の河川環境改善に向けた取り組みの一環として実施しました。

 

どうやって調べるの?

特製の稚魚トラップ

 調査は4月上旬から6月中旬にかけて、週に1回のペースで実施しました。他の川での研究によると、サケやマスの稚魚は、春先の日没後または夜明け前の短い時間帯だけに海へと下っていくとされていることから、日の入り前の16時に現場入り、終わりは22時過ぎまでという調査を続けました。

 調査の方法は至ってシンプルです。稚魚が下るとされる17時から22時まで「稚魚トラップ」と呼ばれる間口が50センチ四方の網を二つ、1時間おきに計6回、それぞれ15分間川の中に仕掛け、その間に網の中に入った稚魚の種類と数を毎回記録していくというものです。

 サケやマスと言っても産まれたばかりの稚魚はわずか数センチ、網の中を覗いただけではいるのかいないのかも分かりません。仕掛けた網を回収した後は、枝葉など網に入っている全てのものを水槽にあけ、その中に稚魚がいるか丹念に探します。

 ヘッドライトを頭にこんな作業を毎週夜な夜な繰り返すうちに季節は進み、サクラは咲き、そして散り、10回目の調査を終えた頃には辺りの景色はすっかり初夏の様子となっていました。

※稚魚の採取については、「特別採捕許可」(北海道)を得て実施しています。なお、捕獲した稚魚は、記録した後、速やかに川に戻しています。

 

 

調査の結果

 調査データを分析した結果、2020年春の岩尾別川では、カラフトマス稚魚が約5千尾、シロザケ稚魚が約2万尾、川から海へ下っていったことが推定されました。降下のピークは、カラフトマスは4月上旬の1回、シロザケは4月下旬から増減しながら6月上旬にかまで続いていました。また、時間帯で見ると、稚魚はまだ日がある内はほとんどトラップには入らず、日没から1~2時間後にピークを迎え、その後また入らなくなる傾向があることも確認することができました。

 

調査を終えて

 これらの結果から、岩尾別川で稚魚が降下する時期や時間帯に関する特性は、想定通り、北海道内の他河川の先行研究の内容と概ね同じであることが示されました。

 ただし、岩尾別川のサケやマスが他の川と異なる点がひとつだけあります。それは、前の年に川を遡上した魚の数、すなわち親魚の実数がほぼ把握されていることです。岩尾別川のふ化場では遡上するサケやマスを捕獲していますが、ふ化場のご協力によりふ化場より上流にもサケやマスが上げられています。岩尾別川では、ふ化事業だけではなく、自然産卵の営みも保たれています。

 2019年度の遡上数は、カラフトマス934尾、シロザケが637尾でした。つまり、これが今回の調査で推定された稚魚の親の数ということになります。

 実際のところ、シロザケはふ化場での捕獲が終了する11月後半以降、さらに多くの魚が自然に遡上していくため+αはありますが、カラフトマスは、ほぼこの実数に近いであろうと推測されています。同様の調査を行った川で、ここまで具体的に前年の遡上数が把握されている事例は他にはありません。前述の親の数に対して海へと下って行った稚魚の数が多いのか少ないのかなど、詳しい分析を行うには1年間の結果だけでは語ることはできません。しかしどれくらいの数の稚魚が海に下っているのか、これまで全く不明だったものがおぼろげながら見えてきました。

 本稿では、川で産まれた稚魚を「野生」としています。すなわち、今回調べた稚魚の数は、岩尾別川が本来持つ自然の再生、循環の力を現す指標と言うこともできるかもしれません。岩尾別川では、世界遺産登録以降、魚の往来を妨げる計5基の河川工作物(ダムなど)が改良され、現在も数基の改良計画が進行しています。

 サケやマスにとってどんなに環境のよい場所であろうと、野生魚だけで現在の知床の漁業を支えることは不可能であり、今の知床にとってふ化場からの放流魚は必要不可欠です。

 そうした取り組みの中で、今回の調査が河川環境や自然産卵環境の改善の指標となり、知床本来の生態系の輪のひとつをひも解く一助になればと考えています。

文 ー 松林良太 保護管理係長